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Seido plum blossom 誠道塾のシンボルマークは、中村家の家紋でもある梅の花である。その中にあしらわれた三つの円はそれぞれ誠道塾の目指すものを象徴している。 それは尊敬、愛、従順。 「お互いに尊敬し合い、愛し合い、信じ合い、育み合って一つの輪を築いていこう」 そのような誠道塾のフィロソフィーがこのシンボルマークには表現されている。 私は、誠道塾がこのマークを戴いていることに大きな誇りを抱いている。

尊敬
もし、我々が他人に対し、真に尊敬の念をもつのであれば、彼らに対し礼儀 を示すのは、当然のことである。尊敬の念を失ったとき、人は相手に対し、 怒りをあらわにし、見下し、彼らの言葉に耳を傾けず、破滅的な行動に出ること になる。ある意味では、他人に尊敬の念をもたないと云う事は、己に対する尊敬も無いという事にもつながってくる。 空手の稽古を通して、己自身と向き合うことができる。そして、自分と向き合うことで、真の内面を見つけるのである。 しかし、そのためには、禅で言われる、「明鏡止水」または、「釈尊の本質」を曇らす塵や埃の何十もの層を、拭い去らなければいけないのである。

もし相手を他人としてみなした時、その者に無礼を働くのは、 簡単なことかもしれない。我々の社会は、「他」の国や組織に関して、「別のも の」として考える事を促進させているようだ。禅では、頭を下げるとき、手のひらを 合わせて合掌する。これは、「二つをひとつに」と云う意味を含んでいる。自身 あらず、他人あらずである。道場において、尊敬の心を学ぶのだが、それは、正しい礼儀作法を通して身についていくのである。 その中には道衣の着方から、身のこなし方、先輩に対する話し方、後輩に対する思いやりまで、全てが含まれている。 そういった習慣が礼儀作法をより洗練し、より高い教養をもつ人間をつくるのである。深く掘り下げてみれば、それが人格の中に、 他人に対する尊敬を根深くしみ込ませる役に立っているのである。


愛は、誠道塾の理念の一つである。愛とは、尊敬の 中から生まれるものだと私は思っている。愛という言葉は、英語という言語の 中で最も多く使われ、また多く誤用される言葉でもある。人は恋愛感情 を相手に表現するのはとても上手だが、同時に無礼な行為を同じ相手に見せることもまた多々ある。 もしそれが真実の愛情であるならば、無礼な行為はあってはならないのである。私達は、自 分達にとって最も大切な、そして人生の最初の指導者である親を愛すべきである。 そして、親に対しての愛は、彼らが自分達に与えてくれた安らぎの ために耐え忍んできた犠牲に対する、真の感謝の気持ちから生ま れるのである。そして、そのようにして注がれた親の愛情を、今度は自分の家 族に注ぐのである。

従順
従順は、誠道空手の基盤の、最後の支柱である。尊敬と愛があってこそ、人間には従順な心が生まれてくる。それは抱擁力といっても良いし、 譲り合う心といっても良い。誤解されがちであるが、決して盲目的な軍隊的思考からきたものではい。互いを思いやり、励ましあうという、 献身の気持ちが含まれたものをいうのである。 そして従順とは、親に従う事を意味する。我々は幾つになろうとも、親の子なのだ。加えて、組織や道場の規則や規定にも従順でなければならないし、 コミュニティーや社会の法に対しても、従順であるべきである。良い空手家は、もちろん良い社会人でなければならない。

「尊敬、愛、従順」考えてみれば、この言葉には、人間が生きていく上で大切にしなければいけない基本的なものが、ごくシンプルなかたちで 表現されていることに改めて気づいていただけるであろう。 「お互いを尊敬する心をもって、愛し合って、譲り合い励ましあう従順な気持ちをもって生きる」 誠道塾の活動を通して、私が実現したいと願っているのは、そんな、人間にとって本当に基本的なことなのである。 これが誠道塾が「人間空手」と言われる由縁である。